SIFE Keioのミーティングをしたあとに、カナダのトロント大学に留学していてSIFEチームを運営している学生さんとお話してきました。
SIFEは、その世界的なネットワークにも関わらず、チームの運営は完全に独立したもので、それ自体が一つの学生団体的な性格を持っています。
大会では、国内の他大学との交流は確かにありますが、世界大会に行かないチームは特に、積極性を持たなければよい交流はもちろん生まれません。
さて、今回お話したトロントチームのOさんは、もとはセネカチームに所属していたのですが、大学を変えてトロントへ。
トロントにSIFEチームがなかったために自ら立ち上げたというアツい人。
話を聞いていると、SIFEの運営に関して同じような悩みを持っていたりして、普段は孤立している一つ一つのチームでもやはり同じ悩みを持っているのだと知れることに、希望と勇気をもらいました。
以下、覚書。
■ファカルティ・アドバイザーとの関係、積極的な働きかけを引き出したほうがチームとしては成功しやすい。しかし、同時にチームそのものの積極性をどう維持していくべきか。
■カナダHQは、もともとカナダにあった団体aceが請け負っており、カナダのチームはace○○と名乗って活動している。
国外での活動では、SIFEと名乗る。
カナダHQは、3ヶ月に1度ほど、各大学を回り、コンサルティング的な活動をしているとのこと。
ただし、金銭的、ネットワーク的な部分に関しては学生の主体性を尊重している。
■いかに、学生のモチベーションを維持するか。
学生団体は、やってもやらなくてもいい、というもののため、定常的なコミットメントを引き出しにくい。
■企業のもともとあるプロジェクトのサポート的プロジェクトをやるのは、短期的には結果が出やすくやりやすいが、相手方に左右される要因が多くなり、フレキシビリティも下がる。
それに比べ、0→1ベースのプロジェクトは非常に難しいが、どちらかといえば、立ち上げから関われる方が醍醐味がある。
などなど。
こんな話ができて、とってもおもしろかったです。
一つ、Oさんのお話でなるほど、と思ったこと。
social entreprenershipのことについて話が及んだときのこと、彼はentreprenershipはどの分野でも行われるべき、と。
私の中では、かつでがビジネスセクターの用語で、今はそれソーシャルセクターでも使われるようになったという認識でしたが、それよりさらに広い意味の捉え方だな、と。
一つ、残念だったこととしては、Oさんが、日本の他の大学と連絡が取れていないと言っていたこと。
HPも少ないし、メールしても返ってこないことがあったとか。
SIFEに関わる全ての学生には、学生時代をどう活かすかということだけでなく、より長期的な視点を持って欲しいと思っています。
SIFEをやっているということで広がる世界、それは今は確かに悩みを共有するだけの関係で、プロジェクトへの発展性はないかもしれません。
しかし、自分が社会に出たときに同じ悩みや喜びを共有した人々が、志を語り合った仲間がかけがえのない大事なものになっていくと、私は信じています。
SIFEの活動を続けることに、私は一時期とても疑問を持っていました。
自分がなぜ、今までSIFEをやってきたのか、それには意味があったのかとっても悩みました。
日本HQに所属していても、メリットがないという事実はあります。
しかし、それ以上に自分たちが所属しているSIFEというものを見たときにSIFEで活動する意味はきっとあるのです。
こうやって海外の学生と簡単に交流ができること、そして共通の話題で盛り上がれること、など。
プロジェクトや運営は失敗ばかりでも、その失敗も共有できるのです。
それがSIFEのいいところかもしれません。
将来、海外に行ったときに、SIFEやってたんだよー、なんて社会人になってから海外の学生と昔話で盛り上がれる、そんな気がしています。
posted by あーちゃん at 10:53|
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